Temperature difference

2023 –


Temperature difference is a collaborative project together with a scientist as a part of Fundamentalz. Toshiaki Ichinose is a senior research scientist at National Institute for Environmental Studies in Japan. Hiroi and Ichinose seek various future scenarios related to climate changes from an art and science perspective. Participants of Fundamentalz 2023 have public talks, lectures and exhibitions through 2023 and 2024.

In 1990, Ichinose and his team published the future scenario research at UNESCO, aiming to predict what would happen in 2005, 2010, 2020, 2030 and 2050. Based on the point of present, he has verified what had happened. Hiroi wrote a science fiction short story reflecting on the present from the perspective of the year 2100, focusing on the disparity in people's attitudes toward environmental issues.

Concept, Research and Development: Kumi Hiroi and Toshiaki Ichinose Supported by: Fundamentalz Project Management Asako Hasegawa
 


温度差

202081日 600
カーテン越しに木漏れ日が入ってくる。木漏れ日という言葉は日本独自の言葉ということを最近どこかで聞いた。木漏れ日という英単語はなくて、「森林などの木立ちから太陽の日差しが漏れる光景のこと」という説明になるようだ。存在しない単語を表現するのはなかなか難しい。木漏れ日といっても、その感じを思い浮かべることはできても、説明しようとするとどこか言葉が足りない。あの空間の空気感、葉っぱがすこし揺れて、隙間からランダムに光が注いで、光と影がクスクスと笑っているようなあの感じを一言で共有できたら良いのに。 

木綿の薄いカーテンを通して入ってくる薄いオレンジ色の光。カーテン越しに葉っぱの形影をぼんやりと見つめる。今日は朝からミーティングがあるし、午後からは講義も頼まれている。急がないと。今日の気温はそれほど高くない。きっと過ごしやすいのだろう。

オレンジ色のベッドシーツから起き上がり、キッチンまで向かう。オレンジ色のコップにオレンジ色の牛乳を入れてごくっと飲み干す。朝食用のシリアルが切れていることに気が付いた。 今日の僕の周りは全てオレンジ色だ。生まれた時からだから、もう慣れてしまった。オレンジ色の皿、オレンジ色の靴下、オレンジ色の歯磨き粉。正確に言えば、今の僕の周りはオレンジ色で、色は毎日変わる。色にもグラデーションがあって、濃い紫のような色から、紫がかったピンク、赤、オレンジ、黄色っぽくなる。温度が高いほど黄色になり低いほど紫色になる。そのことをたまに説明する機会があっても、説明を聞く相手が、正確にその感じをわかっているとは思えない。「木漏れ日」の単語のようなものかもしれない。僕の目には温度が見えることは。


210081日 1000
彼女は、スタジオの電源を入れながら窓越しの植物に目を向けた。緑色を真向かいに見ながら仕事ができるよう、仕事机の位置を最近変えた。目隠し用のフィルムが一部貼られたガラス窓の向こうからは、植物が彼女を覗いている。こちらからは、目線の高さまではぼんやりとした緑色、そして、その上には、重なりあう葉がはっきりと見える。薄緑の丸みを帯びた葉に覆い被る濃いギザギザの葉。シュンと真っ直ぐに伸びた葉もある。すこしの間、その緑の輪郭を眺めて、緑は目にいいらしいとつぶやく。

連日の茹だるような暑さで体はだるい。また温度が上がったのだろうか?室外と室内の温度差にうんざりする。今日は脚本を書き上げたいに… スコアを確認しようと、目の前に立ち上がる数字に目をやった。緑を眺めたときに感じた小さな幸せが風船のようにパチンと弾ける。

45.1.使用可能なエネルギーポイントが、ホログラフィに提示される。…。このポイントでは、月末までにこの脚本を書き上げるのは多分無理だろう。「目に見えないもの」を題材とした脚本を書いてくれと、尊敬する監督から連絡が来てから、はや3ヶ月。今まで良い調子でポイントを使ってきたのに。先週調子にのって、肉を食べたのがポイントに響いてしまったのだろうか。それとも働き過ぎ、過剰生産だったのだろうか?一瞬の間に先週の自身の行動を振り返る。

彼女の住む国では、自分の社会貢献度をもとに、日々使えるポイントが決まっている。最低限の人間らしい生活を保つための、最低限のポイントが誰にでも配布されている。必要最低限ってなんだろう。このシステムに、彼女を含め多くの人々は不満をもってもいるけれど、生まれた時からそうなのだし、しょうがないものとして受け入れてもいる。このポイントシステムを通して彼女は生まれたのだし、彼女を産むために多くのポイントを使えた両親のことも尊敬している。多くの人々は子供を産む権利自体がないのだ。世界人口を減らすために。

彼女はスコアを恨めしく眺める。窓越しの緑はくらくらするような太陽の光を全身に浴びている。


202081日 1500
「お母さん、僕、温度に色がついているってこととは他の人に言わない方がいいのかな」子供の頃はよく母親にこの質問したものだ。大体の場合は、母親がこの質問に答えるとはなかったけれど、母親は僕の質問を的確に聴いた。そして時と場所と人に応じて決めたらいいと言った。

僕の視力について人に説明が必要な際、ある種の色盲で、温度に色がついていると概括する。人間の体温は大体37度くらいなので、オレンジ色に見える。寒いところにいると、例えば手袋をしないで雪の中にいたりすると、その人の手は20℃前後になって、その手は青紫色に見える。色盲とか色弱という言葉があることで、僕の大まかな説明でも多くの聞き手は理解するようだ。ある友人は、多分肯定的に「だから洋服の色の合わせ方がオリジナルなんだね」と頷いた。気温と風向きはセットなのか、温度が見えるという話をすると、風の動きも見えるのかと質問されることも多い。風に色はついていないが、風がもたらす温度変化は視覚として認識している。例えば蒸し暑い夏に扇風機の前に立ったとき、風が熱を奪っていく。その人肌の温度は、オレンジ、赤、青というグラデーションで下がっていく。

世の中には見たいものと見たくないものがあって、見たくないものは、多くの場合意図的に避けることができる。わざわざ避けなくても、自分が持つ解像度が低いために見えないものもあるだろう。僕の場合は温度が見たくなくても見えてしまう。子供の時に祖母が洪水にまきこまれて死んだとき、彼女が青みを帯びていくのに茫然とした。その場に駆けつけた時にはもう遅く、彼女は僕たちの目の前で少しずつ深い紫色になっていった。僕の鼓動はその紫色と同化してドクドクと音を立てていて、その迫り来る色と感情で目が張り裂けるかと思ってその目を閉じた。


210081日 1700
彼女は、小雨が降り出したことに全く気が付かなかった。エネルギーポイントが限られることで、脚本に取り組む集中力が増したのだろうか。今日の天気予報は雨ではなかったし、すぐに止むだろう。小さな水滴が窓ガラスの表面に付着してはゆっくりと震えながら下に流れ落ちる。

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友人                 「大学では物理を専攻してたよね?」
気象予報士      「大学は物理で、大学院は気象学」
友人                 「天気予報が外れた時に抗議の電話とかがくるんでしょ?プレッシャーがきつそう」
気象予報士      「予報は予測だからね。完全に確定するものではない。物理法則に基づいて論理的に本質を把握する能力だけでなく、物事をある程度柔軟に捉えることが求められている気がする。確固たる答えが常に存在するわけではないから」
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脚本中の、生まれつき温度が可視化できる気象予報士の台詞を声に出してみる。仕事帰りに大学時代の友人と久々に会った彼は、駅近くの居酒屋で軽く飲みながら各々の近況について話している。舞台設定は現在から80年代前の2020年台で、現在のように、環境に対する人間の態度が可視化され、それが知らない間に社会に実装される前の世界だ。彼らは、私たちの現実にあるような環境負荷ポイントの制限がない生活をしている。彼らは自分が行きたい場所へ行き、自分が食べたいものを食べ、自分が買いたいものを買う。現在ほどではないが温暖化による大雨や洪水が頻繁におこり、しかし、テレビで見る環境問題に対する抗議行動やデモ行進を「他の国のこと」だと思っている。

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気象予報士      「覚えてる?北海道であった豪雨」
友人                 「えーっと、いつだっけ。20年前くらい?札幌であった記録的な大雨だよね。記録的な…って最近頻繁に聞くけど」
気象予報士    「僕の祖母がその短時間豪雨で亡くなってね。豊川の堤防が決壊してから市街が浸水するまでの時間が想定より短かった。警報が後手に回ったこともあって甚大な被害がでて。それがこの仕事に関心をもったきっかけ。」
友人                 「そうだったんだ」
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もうそろそろ作業をストップしないとスコアが下がる?と、彼女はアシスタントに呼びかける。「そうね。そろそろ気分を休める照明色に変えましょう」アシスタントの声がして、ライトの光はオレンジがかった色調へ変わりカーテンが閉まった。 


202081日 2200
家を出る時にカーテンを閉め忘れた様だ。部屋のライトをつけて、そのことに気が付く。冷蔵庫から炭酸水を取りだしてグラスに注ぎ、一気に飲み干す。今晩はよく飲んだ方だが頭はなぜか冴えている。大学時代の友人と会うと、どれほど自分や自分を取り巻く環境が変わったのかを実感する。多くの選択を繰り返して気がついた時にはとても遠くに来ている。もう一杯のグラスに水を注ぐ。大学生だった自分は職につき市民講義を受け持っている自分になっている。

気象予報士という仕事柄、地球温暖化が及ぼす影響についての講義を頼まれることがある。大体の場合、自治体が市民の要請を受けて専門家である僕に依頼が来る。2時間ほどの市民講義だ。化石燃料の燃焼や森林伐採などによって大気中の温室効果ガスが増加し、地球の温度が上昇する地球温暖化がもたらす極端な気候変動、海面上昇、生態系への影響について説明する。そして、地球温暖化と共に生活する知恵、例えばその自治体の気候条件を踏まえて、どのようなまちづくりや家づくりにしたら上がり続ける温度に対応できるのか、台風が起こった時の災害対策はとられているのか、と言った温暖化に対する適応策についても紹介する。

毎回活発な議論が行われるのだけど、このような活動に参加する市民が多数を占めているとは思わない。参加者は、大体の場合ゆとりのある人々だ。自分のことで精一杯な人々に、このゆっくりとしかし着実に進む温暖化、そして世界の気候変動に目を向けることができるだろうか?熱中症で人々が病院に搬送され、台風などの自然災害が身近にあろうとも、それは人為的な気候危機と驚くほどに結び付けられていない。あるとき気がつく。遠くに来過ぎていることを。


210081日 2300
彼女は目をとじて、気象予報士について思いを巡らす。彼は、直感的に温度を視覚的に捉(とら)えている。だから、季節の移り変わりをより深く感じている。世界のことを美しいと思っている。しかし、多くの人は、彼が見る世界のことを色のフィルターがかかっているという。彼はそれを気にしない。自分自身が可視化しえない世界を空想し楽しむことができる。と同時に不安も感じている。温度差をリアルタイムで視覚することには子供のころから慣れているもののストレスは溜まる。あるものが見えることで疎外感を感じる彼、あるものをないものの様に扱う人々。

なぜ人は見えないものを見ようとしないのか?見えないものは存在しないのか?そんなわけはない。この部屋のライトを柔らかな光に変えたアシスタントも、声はきこえるけれど目には見えない。けれどどこかに存在して私と繋がっている。2100年の現在、気象予報は彼女の声だ。あらゆる気象情報は、人工知能が解析し、人口動態(どうたい)や経済活動のデータと連携して最適化され、私の耳に届く。しかし最近は人間の気象予報士が、人口知能が思いもよらなかった独自の発想をするとその需要が再発見されているというニュースをみた。「人間の発想が優れている」という情報を刷り込もうとするフェイクニュースかもしれない。

私は目を閉じてもう一度気象予報士が見た世界を想像する。黄色、オレンジ、赤、青、紫のグラデーション。


Mark